こんにちは、『のこ』です
先日、息子のことを書いていて

改めて思い返してみると不安がることが本当に減ってきたなぁ
私は息子が不安症のような症状が出ていたときに同じような子のお家がどういう対応をしているのかなどにすごく興味がありました

どこからか解決策のようなもの、我が家だけじゃないんだという安心材料のようなものが欲しかったんだと思います
なので私も体験談を少し書いてみようかな?と
※今から書くことは多分理解不能なことばかり並ぶと思うんですが(実際夫は「俺には理解不能だからもう任せるわ…思考が分からん」と言っていた(笑))当の本人は至って真剣でした
息子の心配ごとのその後
前に書いたことと重複するところもあるかもしれませんが息子が今までに不安がったことを息子にも少し話を聞きながらまとめてみようかと
救急車、パトカーが自分を迎えに来る説
こちらの記事にも書きましたが

このときはなかなか外出することも大変でいつも周りをキョロキョロ、必ず私の腕にしがみついて歩いていました
後々振り返るともともと救急車やパトカーの音に不快感を持っていた感覚過敏の息子
『サイレンの音が怖い・不快』というところからどんどん負の想像が膨らんでしまっていたようです

今も音は苦手なようですが、自分を迎えに来たと感じることはないようです。「だって俺の横で止まったことなんてないし」と息子(そりゃそうなのよ、呼んでないんだもの)やっぱり経験からの不安克服なのでしょうか??
見えない菌に恐れる説
これは数年前のコロナ渦のことなので環境がそうさせたということもあると思うんですが、日常の何か状況が変わるたびに息子は手洗いをしないと落ち着かない状態でした
家の中でも例えば、
起床→手洗い→朝ごはん→手洗い→お着替え→手洗い→歯磨き→手洗い→ランドセル背負う→手洗い…という感じです

この間にもリモコンを触ったら手洗い、ご飯中に顔を触ってしまったら手洗い…とずっと洗面台に行く生活でした
話を聞くとどうやら当時通っていた学童で手洗い・うがいがとても徹底されていた様子
いま思えば他の学童よりコロナ対策厳しめだったのかしら?

まぁこれに関しては何ともいえないですよね…過ぎてしまえばやりすぎだったんじゃないか?とも聞こえてくるコロナ対策ですがあの当時はみんな初めてのことだらけでマニュアルもないし手探り状態だったので仕方ないと言われれば仕方なかったのかな?とも
でも息子が学童に行っていた時期は緊急事態宣言も解除されて『withコロナ』など言われている時期だったのでもう少し緩くてもいいんじゃないかな?とか思っちゃったり(もう数年経っているので言っちゃうけれども)

手洗いに関してはやっぱり環境もあったんでしょう。今はしすぎることもなく、このときのことを聞いてみると「だってコロナになったら隔離されちゃうし、学校と学童でめちゃくちゃ言われてたもん!」と
大人でもしんどかったこの時期。子どもたちはもっと気持ちがしんどかっただろうなぁ…本当にみんな色々制限されたりする中でよく頑張ったよなぁと今さらながら思います
ママにせもの説
※ここからは、よりファンタジー要素入ってくるんですが本人は至って真面目です(笑)
数年前の行き渋り気味だったときに私の顔をずっと眺めてくることが増えてきた息子

最近ずっと見てくるけど何?何か話したいことあるの?
そう聞くと息子は

ママ…にせものじゃないよね?(涙)

はい???
行き渋りのときも私から目を離したら本物と偽物が入れ替わるんじゃないか?とも思っていたようです(笑)←今だから(笑)とか言えるけど当時は大丈夫かな?この子…と本気で心配していた
なので当時は本物のママと分かるように2人で暗号を決めていました(何度も言いますが大まじめです)

『右』ってママが言ったら『左』って息子くんが言うことにする?と話していたらありきたりすぎて偽物ママも気づいてしまうからダメ!と却下になったり、真剣に暗号を話し合う日々(笑)
学校から帰ってきたら玄関で暗号を言い合って合っていれば家に入るというそんなルーティンを過ごしていました
あれから数年、息子に今も『ママにせもの説』を考えることはあるのか?聞いてみると

まったくない!世の中にそんな似た人はいないって気づいた。双子でも全く同じ人ってそんなにいないし。そもそもママ双子じゃないじゃん!!

くぅ~ついこの前まであんなにビビり倒していたのに成長した発言するようになったもんだなおいっ!!
小学生相手にこんなことで成長と思ってしまうことがレベルが低い説(笑)いいんです、それが我が家(笑)
頭の中で思ったことが相手にもバレてしまう説
こちらは例えば国語の授業が嫌いだな…と頭の中で思ってしまったらそれが周りの人にも気付かれてしまうのではないか(エスパーか!!)
そして『嫌いという気持ちを持つ=悪い子』という方程式が息子の中に出来上がっていたので
当時の記事↓
そんなことを思う自分は周りからすごく悪い子だと思われるだろう、と

思うことは自由なんだよ。みんな心の中では色々思うところはあるんだからそれを全部反省する必要はないよ!
そう伝えても

でも頭の中で思っちゃったらみんなにバレるから!みんなはこんなこと考えてない!こんなこと考えるのは僕だけだ!
と
これに関しても私はずっと
- 言葉にするのならば気を付けなければいけないことはあるけれど、思うことは自由だということ
- 頭の中で思うことはエスパーじゃないので誰も分からないということ
そして私はヨシタケシンスケさんの絵本もすごく参考にさせていただいて
『嫌い』『苦手』という感情は誰しも持っていることで
みんなと仲良く、みんなを好きでいる必要はまったくないということを繰り返し息子に伝えていました(我が家の考えです)

人間が話せるようになったのは思っているだけじゃ伝わらないからだとママは思うなぁ。今ママの頭の中は何考えてるか聞こえてくる?こないよね?そういうことだよ、と何度も話したり
何度も言いますが登場人物みんな至って真剣です(笑)
あれから数年、息子はクラスで苦手な子もいるようですが

いるけど、だから何ってこともない。一緒に休み時間遊んだりもするし、でも遊んでてやっぱりこいつ苦手だなと思うこともある。もちろん本人には言わないしバレないようにしてる

それでいいと思う!みんなを好きなんてまぁ無理よ!
苦手な子がいたときにその子と距離を取るのか埋めていくのか、はたまた息子のことを苦手な子がいた場合に歩み寄るのかどうなのか

気持ちがしんどくなってしまってはダメだけど、人間同士の関わり方を学校じゃなくとも集団生活のなかで練習していったらいいんじゃないかな?と話しています
そして『頭の中で思ったことが相手にもバレてしまう説』を今息子に聞いてみると

その力持ってたら喋らなくていいからラクだしいいなぁ。俺も読み取れたら先生の頭のなかテスト中に見るのになぁ…そんなパワー手に入らないかなぁ

何とも小学生男子らしい発言(笑)というかパワーとか言っちゃってるし。たった数年でこんなに人って考え方が変わるのか…と本当に驚いています
仲間がいるという心強さ
上記した心配事の数々は当時、本当に私の頭を悩ませるものたちばかりでした

解決した今、過ぎ去った今、思い返すと笑えるし、かわいいなぁと思えたりするけれど、かわいいなじゃすまないくらい当時の息子は度を超えていたんですよね。渦中にいるときって本当にしんどいんです!
どこか相談機関に頼りたかったけれどそれも息子が泣き喚いて嫌だという
私だけが行けばいいのか?でも息子が行かなければカウンセリングなどの事が進まないんじゃ?そしてまた私だけ行ってしまったら息子との信頼関係が崩れるのではないか?
たくさんたくさん悩みました

毎回書いている気もしますが自分だけじゃない!と思えることって私はすごく気持ちがラクになります(現在進行形です)
専門家でもない何者でもないこの体験談で少しでも「うちと一緒だー!」とか心が軽くなる人がいたらいいなぁと本当に思っています(この気持ちは経験した人にしか分からないと本気で思う)

今も繊細さん、敏感さんに変わりないのでほかの同学年の子よりまだまだ心配事もありますが、着実に自分のペースで成長していっている息子を今後も見守っていきたいなと思います







